プジョーの歴史 90年代

大復興の時代

主な出来事

MPV 806

1990 - 1993

1990年、プジョーが自動車生産をスタートしてから100周年を迎えました。
同年7月、205の生産台数が350万台を突破し、ソショー工場で生産された405は100万台を超えました。
1991年、106を発表。1993年には306を発表。205はデビューから10年を迎え、生産台数は500万台を突破しました。
世界初の電気自動車の実地トライアルとして、計50台のプジョー 106とシトロエン AXが、ラ・ロシェルの市街地でテスト走行しました。

1994

1994年、ワンボックスカー 806を発表。806は、PSAプジョー・シトロエン社とフィアット社の共同プロジェクトによって開発されたモデル です。シトロエン Evasion、フィアット Ulysse、ランチア Zetaも同じプラットフォームを使用しています。同じプロジェクトによって開発されたBoxerは、7.5~13m³のカーゴ容積を持つ商用車で、イタリアで生産されました。
パリ・モーターショーで、市街地用の電気自動車 iOn(コンセプトカー)を発表しました。
プジョー・モトサイクル社は、スクーターの新シリーズとしてZenith、Buxy、Speedakeを発表しました。

Coupe 406

1995

PSAは、ミニMPVのチューリップ・コンセプトカー(都市での自由な個人/公共の移動手段)を発表。これは、ラ・ロシェルでの実験にヒントを得た交通インフラシステムです。
405に代わる中型セダン406を投入しました。
100万台目の106と、10万台目の806が、それぞれ工場から出荷されました。

1996

306が、発売からわずか33ヶ月で100万台に達しました。これは、205が100万台に到達した34ヶ月を上回る最短記録です。
7月、シトロエンと共同開発した新型商用車、プジョー Partnerとシトロエン Berlingoを発表。
10月、パリ・モーターショーに2つのコンセプトカーを出展。後部がオートバイ構造のロードスターであるAsphalteと、4WD電気自動車Touaregです。
オートモビル・プジョー社の会長、ジャック・カルベがACEA(欧州自動車工業会)の会長に就任しました。

106

1997

フランスの自動車メーカーとして初めて、低公害の水溶性塗料を導入しました。爆発的人気となった新型106の需要に応えるため、ミュールーズ工場の生産ラインと併行して、ソショー工場にも組立ラインを追加しました。
ピニンファリーナのデザインによる406クーペを発売。この406クーペは“最も美しいフランス車”として多くの人々に称賛されました。初年度の販売予測は1万5千台でしたが、実際は2万3千台以上が販売されました。

1997 PHOTO

406

1997

9月30日、ジャック・カルベがPSAを去り、後任としてジャン=マルタン・フォルツが10月1日からPSAプジョー・シトロエン社の会長に就任しました。
ベルトラン・フォールとECIA(Equipements et Composants pour l'Industrie Automobile)の合併で生まれた新会社 フォレシア(PSAが51% の株式を保有)により、世界的規模の部品メーカーを目指す計画がスタートしました。

1997 PHOTO

607

1998

ポルト・レアルに自動車工場を建設するための合意書が、リオ・デ・ジャネイロ州との間で調印されました。同工場からは2000年12月に、最初の206が出荷されています。
プジョーとシトロエンの間で、プラットフォームと生産設備の共有化が進みました。
3月にコンセプトカー 「20 ♥」を発表。「20 ♥」のリトラクタブルルーフは、1934年の401エクリプスでプジョーが他社に先駆けて開発したアイデアを受け継いでいます。これにより、2名分の後部座席とラゲッジスペースを確保することが可能になりました。
11月、206 WRCによる世界ラリー選手権(WRC)への参戦を発表しました。

1999

画期的な技術革新となる微粒子フィルターを装着したHDiエンジン搭載のディーゼル車 新型プレステージセダン607を発表しました。
地球温暖化防止のため、ブラジルのアマゾンに植樹をする「カーボンシンク(炭素貯蔵)プロジェクト」を開始。このプロジェクトへは、ONF(フランス林野庁)とフランス/ブラジルのNGOとの協力で1,000万ユーロを投資しています。