プジョーの歴史 1974-1989

大復興の時代

主な出来事

604

1974 - 1978

1974年、ルノーとボルボとの協力の成果であるV6 PRV新型エンジンを504クーペに搭載して発表。1975年、最上級モデル604を発表。
自動車の排気ガス浄化システムの研究開発を行うため、バヴァンにテクニカルセンターを建設。
1976年、プジョーがシトロエン社を吸収。プジョーはミシュラン社と株式交換後、シトロエン社の全株式の90%を取得し買収しました。この後、持ち株会社としてPSAプジョー・シトロエンが誕生しました。
1978年、PSAプジョー・シトロエン社は、クライスラー社のフランス、英国、スペインの子会社を買収し、製品ラインナップの拡充と、ヨーロッパでの基盤強化を図りました。
同年春、プジョー1,000万台目が工場から出荷されました。1977年、305を発表。発売開始とともに大人気となりました。

1979 - 1982

1979年、ヨーロッパ初のターボ・ディーゼル・エンジンを搭載した604を発表。
この年、タルボ・ブランドを復活。タルボは、クライスラー・ヨーロッパ子会社の製品を市場投入する際に、買収したシムカから取得した商標です。同年、505を発表。
1981年、プジョー・タルボ・スポールを発足、責任者にジャン・トッドが就任しました。タルボタルガ、サンバ、およびプジョーJ15商用車を発売。機器設備を専門とする三つの子会社が設立されました。
1982年、フランス陸軍専用に開発されたP4軍用自動車が発表されました。

205 GTI

1983 - 1984

1983年、205を発売。205は世界的に自動車産業が低迷する中、プジョーが劇的な復活を遂げるための起爆剤となりました。同年、プジョーがタルボを吸収。
1984年、205 GTIを発表。そのスポーティなドライブフィールと優れたロードホールディングはモータースポーツファンを大いに惹きつけ、205シリーズ全体のイメージアップとビジネスの成功を後押ししました。また、205 T16コンペティション・モデルの投入、および世界ラリー選手権(WRC)での勝利は、プジョーの知名度を高め、その国際的な成功を決定づけました。

1985 - 1987

309を発表。中国におけるプジョーの工場建設が広州市から正式に許可されました。
1987年、ガソリンとディーゼル二種類のエンジンを搭載した405を、10バリエーション同時に発表。同年11月、モンベリアールで展示会「現代アートと自動車」が開催され、美術史上の画期的な出来事となりました。
ソショー工場の刷新プロジェクトである「ソショー2000」を発表。
プジョーの2,000万台目の車両が工場から出荷されました。
AOP(プジョー鋼鉄・機械社)とサイクル・プジョー社が合併し、ECIA(Equipements et Composants pour l'Industrie Automobile~自動車産業設備と部品の会社の意)社が設立されました。

205 BOX CAR

1988 - 1989

1988年末、プジョー・ミュージアムがソショーにオープンしました。
コンセプト・カー Oxiaを発表。スーパーカーブームの真っ只中、このOxiaは単なるデザイン試作ではなく、リアルな高性能スポーツカーであり、プジョーの技術力と実行力を内外に示しました。
405が、1988年度カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。
1989年、一体型トランスミッションを搭載した405が発表され、続いて、シリーズ最高峰の605セダンを発表。
12月には、ポワシー工場の生産ラインにおける309の生産累計100万台目が出荷されました。

1988-1989 PHOTO